2006.09.22

タロー永眠

前回 具合が悪くなったという話を書きました。
その後坂を転げ落ちるように病状が進み9月20日早朝についに帰らぬ犬となりました。
9月2日に歩けなくなってからは私もできるだけそばにいて看病したし大学生の息子たちも最後に会いに来る事ができました。
身体を触られるのが苦手なタローはお手さえもしてくれない照れ屋さんでしたが
最後はちょっとでも離れるとうーうー唸って私を呼びオシメがぬれては怒り のどが渇いては怒りまるで赤ちゃんのようになってしまいました。
息子たちとわたしの膝枕や腕枕で顔を近づけて寝るなんて考えもしませんでしたが
たっぷりスキンシップをしたことで悲しいながらも悔いのない時間を過ごせたと思っています。
こんなタローの13年間はいったい幸せだったのでしょうか?
5年前 私が離婚するときに一軒屋の庭からマンション12階の住人となり
散歩コースも変り生活が一変したタロー。
以前は雨の日も雪の日もそとで濡れながら過ごしていたのにマンションではエアコンも床暖房もあるし、雨風にさらされないし、生活環境はよくなったとは思いますが、飼い主がその分忙しくなり一人で留守番することが多くなりました。
そのことを気楽と思ったか、寂しいと思ったか、
今は確かめるすべもありません、
ただ同じ境遇になってひとりでいることの
増えた次男の心の支えであったことは事実で、
飼い主に与えた影響は計り知れぬものがあります。
次男が不登校にもならず無事大学に入れたのは他でもないタローのおかげだと思っています。
本当にありがとう。
そしてお疲れ様でした。
最後にどこがどれだけ苦しかったのか、
わかってあげられなくて私もまた眠れぬ夜を過ごしましたが、
忙しい私の予定にほとんど影響を与えることなく静かに召されて行ったタローは今度生まれてくるときはきっと心やさしいジェントルマンに違いありません。
私の墓地と同じ霊園で安らかに眠りいつも留守番していたようにしばらくの間待っててね。
合掌。
明日から私は傷心の旅に出ます。
お土産話は次回のお楽しみ。

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